UI が決め手とならないとき

UI を考える者にとって悲しいことに、UI がプロダクトの決め手とならないこと、どんなに UI がすぐれていてもそれがプロダクト全体の評価にまったく反映されないことが往々にある。いまに始まった話ではないけれど。

例えば、Windows と Mac の関係。どんなに Mac が UI 的に評価されようとも、パソコンショップで大きな面積で販売されているのは、Windows の PC であり、学校や会社でみんなが使っているのは、Windows であり、価格的に手ごろなのは、Windows の PC であり。市場はいろんな要素で優劣が測られ、そのなかにあって UI は無視できないにしろ、決してそれだけでは語れない現実がある。

ほかにもある。自分的には Flickrfotologue の関係とかすごく気になる。日本発のプロダクト、というハンデを考慮しても、圧倒的に fotologue のほうがおもしろいインタラクションだし、ウェブサイトという枠ではくくれない、写真を通したコミュニケーションアプリのような雰囲気さえただよう。が、実際には Flickr 圧勝であり、fotologue はいつ忘れ去られてもおかしくないくらい存在感がうすい。

「Flickr はアップされてる写真がキレイだからいい」。エンドユーザーの評価としてどんなにまっとうなものでも、そんな観点でサイトの良し悪しを判断されては、制作者としてはもはやなす術なし、とか思ってしまうのではないだろうか。

つまるところ、どんなに「よいデザインを」「よい UI を」といっても、それだけの範疇でどんなに検討を重ねても最適解がでることはなく、マーケティング・ブランディングその他もろもろの周辺要素を加味していかないことには答えは出ない。逆にそれを考慮しないでつくられた UI は、UI として機能しない、独りよがりなお絵かきになる恐れがある。

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