Macでなくていい

UIを考えるときにMacが全知全能の神のような扱いで発言が聞かれることがあるけれど、
個人的にはそういう考えはなくしてしまいたい。

Macが長きにわたって高い評価を受けてきたのは確かだけど、
評価の根底を支えてきたのは、
Appleと直接の関係を持たない、数多くのデザイナ・エンジニア・研究者であり、
Macは彼らの成果を組み合わせた一例に過ぎない。

UIの歴史に「もし」があるとするなら、
組み合わせ次第で「MacのようなMacじゃないもの」「MacのようなMac以上のもの」
が誕生した可能性だってあったかもしれない。

つまるところ、
UI検討時の参考となるのは、Macという組み合わせ例ではなく
それを構成する要素一つ一つであるということ。
Macは具体的で話題にしやすいけれど、そこから生まれる物は結局Macに似た何かでしかない。
その根底に意識を持っていかないと何ら本質的な検討はできない。

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