九州新幹線と水戸岡鋭治さん

Kyushu Shinkansen "Tsubame"Kyushu Shinkansen "Tsubame"
Kyushu Shinkansen "Tsubame"Kyushu Shinkansen "Tsubame"

水戸岡鋭治の「正しい」鉄道デザイン―私はなぜ九州新幹線に金箔を貼ったのか?」という新書がものすごく興味深く、何度も読み返している状況につき、自分的メモを兼ね、以下まとめておきたい。

この書籍の著者である 水戸岡鋭治さん九州新幹線800系「つばさ」の外装・内装を手がけた工業デザイナー。九州新幹線以外にもJR九州の特急列車を主として鉄道デザインをいくつも手がけており、20数年に渡る実績と各案件での実践内容がこの書籍にはまとめられている。

この書籍、交通新聞社から発行されていることもあり、パッと見、鉄ちゃん向け雰囲気だけど、「実は違うのでは?」という個人的印象。工業デザインとは何か? 職業デザイナーとは何者か? それらの本質に迫るフレーズがいくつも散りばめられてる感じがしており、鉄道に興味がない人でも十分価値ある一冊な気がする。

職業デザイナーとは何者か? かたちを整えたりカッコよくしたり、といったことはデザイナーでなくともできること。著者は「ビュッフェ(食堂車)」を引き合いに、利用者の経験や認知に重きをおいたデザインのあるべき姿を説いている。

なぜ、食事をするということが大切なのか。それは食べるという行為が記憶と深く結びついているからです。

乗客は列車の中にいるとき、目で景色やテーブルの形を見ている。また触覚でテーブルの木の質感などを感じ取っています。列車デザインやインテリアの専門家だったら、それを注意深く甘受し言語化するでしょうが、一般の人はそんなことをしません。目ではそのテーブルを快いものだと捉えているけれど、決して言葉にはなりません。そして時がたてば記憶は曖昧になります。

しかし、そのテーブルでおいしいものを食べたとする。そうすると、食べ物の味わいとともに、テーブルの形や素材、質感が一挙に記憶される。不思議なことだが、これは事実です。人は五感を使って体験し、記憶を残していく。その五感の頂点にあるのが味覚と視覚なのです。だからもっとも強い印象を脳に与え、強い記憶として残っていくわけです。

ですから「おいしい」というのは、ただ舌の感触だけではない。空間が素晴らしかったりサービスがよかったり、心地よい音楽が聞こえたり、一緒にいた人が素敵だったりしたこと、そのことが合わさって人は「おいしい」といっているのです。

(中略)

つまり列車の中で食べた食事がおいしければ、鉄道の旅が楽しかったと乗客は記憶する。そうすれば懐かしく思い出して次の機会も列車に乗ってくれる。だからこそ、ビュッフェは必要なのだと私はJR九州のビュッフェ反対派に訴えたのでした。

(書籍より一部省略のうえ引用)

「経験デザイン」という言葉でまとめてしまうのはカンタンだけど、それをここまで言語化・具体化できるデザイナーは少ない気がしてすごく興味深い。

九州新幹線800系には残念ながらビュッフェはないものの、鉄道の旅を楽しくする工夫がいくつもあり、書籍でも紹介されている。

例えば、内装に施された、金箔、漆、蒔絵…など伝統工芸の数々。とにかくものすごく豪華で、普通車にして、東海道新幹線のグリーン車や新しい東北新幹線「はやぶさ」の「グランクラス」を優に超えて、「御料車(皇族専用車)」のような印象。旅の盛り上げ役として機能している。

また、外観のいたるところにしつこいぐらいに列車名を表示しているのも興味深い。上掲の写真は2010年春に鹿児島中央駅で撮影したもの。例えば先頭車両の写真には数箇所に「KYUSHU SHINKANSEN」「つばめ」やつばめマークが見える。写真のどこかに列車名があれば、それをもとに他の写真がどこでいつ撮ったものか推理できる…という旅を楽しくするための一工夫なのだとか。

「旅」という経験を最大価値化するために施されたデザインの数々。経済的論理・効率性を重視した設計の東海道新幹線とは対照的で、人のぬくもりとかホスピタリティを感じる不思議な乗り物であるように感じる。とか思っていたら、案の定ライバルは「リゾートホテル」だったようだ。

書籍では、デザインが廃線の危機に瀕していた路線の復興に寄与した実績も紹介されている。

一躍大ブームとなった、和歌山電鐵 貴志川線 貴志駅の「たま駅長」。このブームにも水戸岡鋭治さんが関与していたとのこと(列車・駅舎のデザインを担当)。 Wikipedia で駅舎写真 が見られるが、屋根はたま駅長の顔を模しているし、「TAMA」の4文字が「貴志駅」以上に目立ってるあたり、遊びごころにあふれてておもしろすぎる!

乗客数が減少傾向にあった路線でも、列車や駅舎のデザインで話題作りを図って復興し、かつ、地元住民を巻き込んだ盛り上げで、街づくりの起爆剤にもなったこの事例は、他でもいろいろな活用ができそうで示唆に富んでいるように思う。

それ以外にもいろいろ興味深い話が書籍には詰まってて話は尽きないものの、最後にひとつだけ。

九州新幹線800系「つばさ」はJR九州の予算の関係上、JR東海・JR西日本が開発した東海道・山陽新幹線700系「のぞみ」をベースに作られているようで、デザイン上の制約はものすごくたくさんあったはず。その中でもいろんな工夫により存在価値を高めていく。そんな工業デザイナーとしての立ち振る舞い・心構えを表現したフレーズがあったので転載しておきたい。

私が関わっている列車デザインの仕事というのは、99%の見えない部分のよさをわかってもらうために、1%の見えている部分を光り輝かせる仕事です。つまりデザイナーの仕事というのは、なかなか見えにくい仕事を頑張ってきた人の、その仕事を世間に認知させていく仕事なのです。

(書籍より引用)

Leave a Reply